勤務医として順調にキャリアを重ねてこられた先生が、次の一歩として「開業」を考え始めるとき、その胸には期待と同じくらいの不安がよぎるのではないでしょうか。 医療のプロフェッショナルであっても、経営はまた別の世界。 特に、どうすれば地域に根付き、患者さんに選ばれるクリニックになれるのかという「集患」の悩みは、多くの先生が抱える大きな課題です。
今回は、整形外科の開業を成功に導くための集患の考え方や、具体的な選択肢についてご紹介します。 漠然とした不安を、実行可能なアクションプランに変えるための一助となれば幸いです。
まず大切なのは、「私たちのクリニックは、どんな患者さんの、どんな悩みを解決する場所なのか」という旗を立てることです。 子供からお年寄りまで、誰にでも対応します、という姿勢は一見すると間口が広いように見えますが、裏を返せば「特徴がない」ということにもなりかねません。
例えば、「部活動を頑張る学生のケガやパフォーマンス向上を支える」というスポーツ整形に特化するのか、あるいは「地域のお年寄りの”歩ける人生”を支える」という高齢者リハビリに重点を置くのか。 専門分野を絞ることで、クリニックの強みが明確になり、その悩みを抱えた患者さんに見つけてもらいやすくなるのです。 特に、安定した収益の柱となりやすい運動器リハビリテーションは、整形外科の経営を考える上で欠かせない視点です。
クリニック単体で頑張るのではなく、地域全体で患者さんを支えるネットワークの一員になる、という発想も1つの方法です。 先生のクリニックだけで、すべての医療が完結するわけではないからです。
例えば、近隣の内科の先生とは、生活習慣病を抱える高齢者の骨粗鬆症管理で協力できるかもしれません。 介護施設とは、入所者さんの転倒予防や定期的な健康チェックで連携できるでしょう。 接骨院の先生とは、レントゲンなどの精密検査や診断といった、医師にしかできない領域で力を合わせることができます。 開業の挨拶回りから始め、自院の強み、特にリハビリ体制の充実度などを丁寧に伝え、顔の見える関係を築いていくことが、安定した紹介の流れを生み出します。
整形外科の収益を支える運動器リハビリテーション料には、施設基準によって(I)から(III)までの段階があります。 この中で最も診療報酬が高い(I)を取得するには、「常勤の理学療法士が2名以上在籍していること」「45㎡以上の広さを持つ機能訓練室があること」といった、人・モノ両面での厳しい基準をクリアする必要があります。 この基準を満たせるかどうかは、クリニックの収益性を大きく左右するため、開業計画の重要なポイントになります。
今の時代、患者さんの多くはスマートフォンやパソコンで情報を調べてから来院します。 つまり、ホームページは単なる案内板ではなく、「未来の患者さん」が最初に訪れる、クリニックの顔そのものです。
ここで大切なのは、「リハビリが充実しています」と漠然と書くのではなく、具体的に、そして患者さんが「自分事」として捉えられるように伝えることです。 例えば、理学療法士の先生方の顔写真や得意分野、経歴を紹介する。 どんなリハビリ機器があって、それを使うとどんな効果が期待できるのかを分かりやすく解説する。 そして、「変形性膝関節症でお悩みの方へ」といったように、症状別に具体的なリハビリプログラムを紹介することで、患者さんは「ここなら、私のこの痛みを分かってくれそうだ」と感じ、来院への一歩を踏み出しやすくなるのです。
先生方が持つ高い医療技術は、素晴らしい財産です。 しかし、残念ながら、それだけで患者さんが集まる時代ではなくなりました。 なぜなら、患者さんは医師の技術そのものを正確に測ることはできず、クリニック全体の「体験」で良し悪しを判断するからです。
料理の腕は一流でも、お店が不潔で店員さんの態度が悪ければ、お客さんは二度と来ないかもしれません。 それと同じで、院長やスタッフが親身に話を聞いてくれたか、待ち時間は快適だったか、院内は清潔だったか。 そういった一つひとつの体験価値が、患者さんの満足度や信頼につながります。 「良い医療」と「良いクリニック体験」は、車の両輪のようなものだと心に留めておくことが大切です。
先ほど「専門分野を明確化する」ことの重要性をお伝えしましたが、これは裏を返せば「ターゲットを絞る」ということです。 これもまた、勇気のいる決断かもしれません。 しかし、特徴のないクリニックは、結局のところ誰の記憶にも残らないのです。
例えば、「70代、膝の痛みに悩む女性、田中さん」というように、たった一人の人物を思い浮かべてみてください。 その田中さんのためにクリニックを作るとしたら、どんな設備が必要で、スタッフはどんな言葉をかけ、ホームページには何を書くべきでしょうか?ターゲットを具体的に絞り込むことで、提供すべきサービスや伝えるべきメッセージが驚くほど明確になります。 そして、そのメッセージは、同じ悩みを抱える多くの「田中さん」たちの心に深く突き刺さるのです。
ビジネスの世界には、「プロダクトアウト」と「マーケットイン」という考え方があります。 プロダクトアウトは「作り手が良いと思うものを作って売る」という発想で、まさに「腕の良い医師が良い医療を提供する」という考え方に近いです。 一方、マーケットインは「顧客(患者)が求めているものは何かを起点に、商品(医療サービス)を開発する」という発想。 今のクリニック経営で求められているのは、まさにこのマーケットインの視点なのです。
「インターネットのことはよく分からないから」と、Web上の評判から目をそむけてしまうのは、非常に危険です。 今や、クリニックのGoogleマップ上の口コミは、飲食店のレビューと同じくらい、誰もが参考にする情報源になっています。
たった一つのネガティブな口コミが、来院を考えていた10人の気持ちをくじいてしまうかもしれません。 大切なのは、見て見ぬふりをしないこと。 もし厳しい意見が書かれてしまったら、感情的にならず、真摯に受け止め、改善できる点は改善策を返信する。 良い口コミには感謝を伝える。 こうした誠実な対応は、そのやり取りを見ている他のすべての未来の患者さんへの、何よりものアピールになります。 Web上の評判は、24時間働き続ける、もう一人の広報担当者なのです。
事業承継の最大のメリットは、何と言っても「ゼロからのスタートではない」ことです。 新規開業の場合、地域の方々にクリニックを知ってもらい、信頼関係を築き、患者さんに通ってもらうまでには、どうしても時間がかかります。
しかし事業承継なら、前院長が長年かけて築き上げてきた患者さんとの関係や、診療の流れを熟知したスタッフ、そして経営の土台となるカルテを、まるごと引き継ぐことができます。 特に、定期的にリハビリに通う患者さんがいる整形外科では、開業初月から安定した収益が見込める「ストック収益」があることは、経営上の大きな安心材料になります。 これは、時間をお金で買う、と言っても過言ではないほどの大きなアドバンテージです。
整形外科の開業には、レントゲンや広々としたリハビリ室、そして多くのリハビリ機器など、他の診療科に比べて高額な設備投資が必要になります。 すべてを新品で揃えれば、その額は億単位にのぼることも珍しくありません。
その点、事業承継であれば、既存の設備や内装を「居抜き」の形で引き継ぐことで、この初期投資を大幅に圧縮できる可能性があります。 もちろん、設備の古さや状態の見極めは必要ですが、新規開業に比べて数千万円単位でコストを抑えられるケースも。 浮いた資金を、最新の医療機器の導入やスタッフ教育といった「未来への投資」に回すことで、より競争力のあるクリニックを目指すことができます。
事業承継をスムーズに進める上で非常に重要なのが、前院長と後任の先生が一緒に診療にあたる「並行診療期間」を設けることです。 この期間に、前院長から患者さん一人ひとりに対して、「この先生なら安心だから、これからも通ってね」と直接紹介してもらうことで、信頼関係という目に見えない大切な資産が、スムーズに引き継がれていきます。 この丁寧な橋渡しが、承継後の患者離れを防ぐ上で大きな効果を発揮します。
クリニック開業の大きなハードルの一つが、資金調達です。 金融機関が融資を判断する際、最も重視するのが「この事業は、将来きちんと利益を生み出し、貸したお金を返してくれるのか?」という点です。
新規開業の事業計画書に書かれている数字は、あくまで未来の「予測」です。 しかし、事業承継の場合は、過去数年分の経営実績という、客観的で動かしがたい「事実」があります。 この実績データがあることで、金融機関は事業の将来性を非常に高く評価しやすく、結果として融資審査で有利に働いたり、より良い条件での借入が可能になったりする場合があるのです。 これは、前院長が築いてきた「信用」という財産を活用させてもらう、とも言えるでしょう。
事業承継は、良い面ばかりではありません。 引き継ぐのは、輝かしい資産だけではなく、古くなった負債や問題点も含まれるからです。
例えば、引き継いだレントゲンが旧式で、近々更新が必要になれば、約1千万円程度の追加投資が発生します。 リハビリ室が現在の施設基準を満たしていなければ、大規模な改修工事が必要になるかもしれません。 承継時の価格が安かったとしても、その後の追加投資で結局、新規開業より高くついてしまった、というケースも。 引き継ぐ資産の状態を、専門家を交えて冷静に見極める目が必要です。
長年そのクリニックで働いてきたスタッフにとって、前院長は絶対的な存在です。 新しい院長が、たとえ正しいことであっても、急にやり方を変えようとすると、「今までのやり方の方が良かった」と、強い反発にあう可能性があります。
スタッフは大切な資産であると同時に、変化を拒む大きな抵抗勢力にもなり得ます。 前院長の方針や、クリニックに根付いた文化を尊重しつつ、なぜ変える必要があるのかを丁寧に説明し、時間をかけて信頼関係を築いていく。 そうした繊細なマネジメント能力が、承継後の院長には求められます。
事業承継を検討する際に、絶対に欠かせないのが「デューデリジェンス」と呼ばれるプロセスです。 これは、弁護士や会計士といった専門家が、そのクリニックの資産や財務状況、法務的な問題点などを徹底的に調査すること。 帳簿に載っていない隠れた借金はないか、スタッフとの間に労働問題はないかなどを洗い出します。 この調査を怠ると、後から予期せぬトラブルに見舞われる可能性があるため、必ず実施すべき大切な防衛策です。
最も注意すべきなのが、帳簿などの書類上には表れてこない「目に見えない負債」です。 その代表例が、地域の評判です。
「あのクリニックは待ち時間が長い」「受付の人の感じが悪い」といったネガティブな評判は、院長が変わったからといって、すぐに消えるものではありません。 むしろ、そうした悪い評判ごと引き継いでしまうリスクがあります。 また、帳簿には載っていないリース契約や、前院長の親族との不透明な金銭のやり取りなど、後から発覚するケースも。 契約を結ぶ前に、地域の薬局や連携先のクリニックにヒアリングするなど、外からの客観的な情報収集も非常に重要になります。
今回は、整形外科の開業における集患の考え方から、事業承継という選択肢のメリットと注意点を見てきました。 成功の鍵は、まず「誰の、どんな悩みを解決したいのか」という自分のクリニックの核を定め、それを軸に地域との連携や情報発信といった戦略を組み立てること。 そして、技術力だけで満足せず、患者さんの心に寄り添うクリニック体験を追求し続ける姿勢が大切です。
事業承継は、時間と初期投資をショートカットできる強力な選択肢ですが、引き継ぐ資産を冷静に見極める目と、既存の文化を尊重する丁寧なマネジメントが求められます。
どちらの道を選ぶにせよ、開業は、先生が思い描く理想の医療を、地域のために実現する素晴らしい挑戦です。 今回の内容が、その挑戦へ向かう先生の背中を、少しでも後押しできたなら幸いです。
勤務医として順調にキャリアを重ねてこられた先生が、次の一歩として「開業」を考え始めるとき、その胸には期待と同じくらいの不安がよぎるのではないでしょうか。
医療のプロフェッショナルであっても、経営はまた別の世界。
特に、どうすれば地域に根付き、患者さんに選ばれるクリニックになれるのかという「集患」の悩みは、多くの先生が抱える大きな課題です。
今回は、整形外科の開業を成功に導くための集患の考え方や、具体的な選択肢についてご紹介します。
漠然とした不安を、実行可能なアクションプランに変えるための一助となれば幸いです。
整形外科の開業で成功する集患方法は?
スポーツ整形や高齢者リハビリなど専門分野を明確化する
まず大切なのは、「私たちのクリニックは、どんな患者さんの、どんな悩みを解決する場所なのか」という旗を立てることです。
子供からお年寄りまで、誰にでも対応します、という姿勢は一見すると間口が広いように見えますが、裏を返せば「特徴がない」ということにもなりかねません。
例えば、「部活動を頑張る学生のケガやパフォーマンス向上を支える」というスポーツ整形に特化するのか、あるいは「地域のお年寄りの”歩ける人生”を支える」という高齢者リハビリに重点を置くのか。
専門分野を絞ることで、クリニックの強みが明確になり、その悩みを抱えた患者さんに見つけてもらいやすくなるのです。
特に、安定した収益の柱となりやすい運動器リハビリテーションは、整形外科の経営を考える上で欠かせない視点です。
近隣の内科や介護施設、接骨院との連携を強化する
クリニック単体で頑張るのではなく、地域全体で患者さんを支えるネットワークの一員になる、という発想も1つの方法です。
先生のクリニックだけで、すべての医療が完結するわけではないからです。
例えば、近隣の内科の先生とは、生活習慣病を抱える高齢者の骨粗鬆症管理で協力できるかもしれません。
介護施設とは、入所者さんの転倒予防や定期的な健康チェックで連携できるでしょう。
接骨院の先生とは、レントゲンなどの精密検査や診断といった、医師にしかできない領域で力を合わせることができます。
開業の挨拶回りから始め、自院の強み、特にリハビリ体制の充実度などを丁寧に伝え、顔の見える関係を築いていくことが、安定した紹介の流れを生み出します。
補足
整形外科の収益を支える運動器リハビリテーション料には、施設基準によって(I)から(III)までの段階があります。
この中で最も診療報酬が高い(I)を取得するには、「常勤の理学療法士が2名以上在籍していること」「45㎡以上の広さを持つ機能訓練室があること」といった、人・モノ両面での厳しい基準をクリアする必要があります。
この基準を満たせるかどうかは、クリニックの収益性を大きく左右するため、開業計画の重要なポイントになります。
ホームページでリハビリ体制の充実度を具体的に訴求する
今の時代、患者さんの多くはスマートフォンやパソコンで情報を調べてから来院します。
つまり、ホームページは単なる案内板ではなく、「未来の患者さん」が最初に訪れる、クリニックの顔そのものです。
ここで大切なのは、「リハビリが充実しています」と漠然と書くのではなく、具体的に、そして患者さんが「自分事」として捉えられるように伝えることです。
例えば、理学療法士の先生方の顔写真や得意分野、経歴を紹介する。
どんなリハビリ機器があって、それを使うとどんな効果が期待できるのかを分かりやすく解説する。
そして、「変形性膝関節症でお悩みの方へ」といったように、症状別に具体的なリハビリプログラムを紹介することで、患者さんは「ここなら、私のこの痛みを分かってくれそうだ」と感じ、来院への一歩を踏み出しやすくなるのです。
集患における注意点とは?
医師の技術力だけで患者は来ないと心得る
先生方が持つ高い医療技術は、素晴らしい財産です。
しかし、残念ながら、それだけで患者さんが集まる時代ではなくなりました。
なぜなら、患者さんは医師の技術そのものを正確に測ることはできず、クリニック全体の「体験」で良し悪しを判断するからです。
料理の腕は一流でも、お店が不潔で店員さんの態度が悪ければ、お客さんは二度と来ないかもしれません。
それと同じで、院長やスタッフが親身に話を聞いてくれたか、待ち時間は快適だったか、院内は清潔だったか。
そういった一つひとつの体験価値が、患者さんの満足度や信頼につながります。
「良い医療」と「良いクリニック体験」は、車の両輪のようなものだと心に留めておくことが大切です。
ターゲットとする患者層を広げすぎない
先ほど「専門分野を明確化する」ことの重要性をお伝えしましたが、これは裏を返せば「ターゲットを絞る」ということです。
これもまた、勇気のいる決断かもしれません。
しかし、特徴のないクリニックは、結局のところ誰の記憶にも残らないのです。
例えば、「70代、膝の痛みに悩む女性、田中さん」というように、たった一人の人物を思い浮かべてみてください。
その田中さんのためにクリニックを作るとしたら、どんな設備が必要で、スタッフはどんな言葉をかけ、ホームページには何を書くべきでしょうか?ターゲットを具体的に絞り込むことで、提供すべきサービスや伝えるべきメッセージが驚くほど明確になります。
そして、そのメッセージは、同じ悩みを抱える多くの「田中さん」たちの心に深く突き刺さるのです。
補足
ビジネスの世界には、「プロダクトアウト」と「マーケットイン」という考え方があります。
プロダクトアウトは「作り手が良いと思うものを作って売る」という発想で、まさに「腕の良い医師が良い医療を提供する」という考え方に近いです。
一方、マーケットインは「顧客(患者)が求めているものは何かを起点に、商品(医療サービス)を開発する」という発想。
今のクリニック経営で求められているのは、まさにこのマーケットインの視点なのです。
Web上の口コミや評判管理を怠らない
「インターネットのことはよく分からないから」と、Web上の評判から目をそむけてしまうのは、非常に危険です。
今や、クリニックのGoogleマップ上の口コミは、飲食店のレビューと同じくらい、誰もが参考にする情報源になっています。
たった一つのネガティブな口コミが、来院を考えていた10人の気持ちをくじいてしまうかもしれません。
大切なのは、見て見ぬふりをしないこと。
もし厳しい意見が書かれてしまったら、感情的にならず、真摯に受け止め、改善できる点は改善策を返信する。
良い口コミには感謝を伝える。
こうした誠実な対応は、そのやり取りを見ている他のすべての未来の患者さんへの、何よりものアピールになります。
Web上の評判は、24時間働き続ける、もう一人の広報担当者なのです。
事業承継による開業のメリットは?
既存の患者とスタッフをそのまま引き継げる
事業承継の最大のメリットは、何と言っても「ゼロからのスタートではない」ことです。
新規開業の場合、地域の方々にクリニックを知ってもらい、信頼関係を築き、患者さんに通ってもらうまでには、どうしても時間がかかります。
しかし事業承継なら、前院長が長年かけて築き上げてきた患者さんとの関係や、診療の流れを熟知したスタッフ、そして経営の土台となるカルテを、まるごと引き継ぐことができます。
特に、定期的にリハビリに通う患者さんがいる整形外科では、開業初月から安定した収益が見込める「ストック収益」があることは、経営上の大きな安心材料になります。
これは、時間をお金で買う、と言っても過言ではないほどの大きなアドバンテージです。
新規開業より初期投資を抑えられる可能性がある
整形外科の開業には、レントゲンや広々としたリハビリ室、そして多くのリハビリ機器など、他の診療科に比べて高額な設備投資が必要になります。
すべてを新品で揃えれば、その額は億単位にのぼることも珍しくありません。
その点、事業承継であれば、既存の設備や内装を「居抜き」の形で引き継ぐことで、この初期投資を大幅に圧縮できる可能性があります。
もちろん、設備の古さや状態の見極めは必要ですが、新規開業に比べて数千万円単位でコストを抑えられるケースも。
浮いた資金を、最新の医療機器の導入やスタッフ教育といった「未来への投資」に回すことで、より競争力のあるクリニックを目指すことができます。
補足
事業承継をスムーズに進める上で非常に重要なのが、前院長と後任の先生が一緒に診療にあたる「並行診療期間」を設けることです。
この期間に、前院長から患者さん一人ひとりに対して、「この先生なら安心だから、これからも通ってね」と直接紹介してもらうことで、信頼関係という目に見えない大切な資産が、スムーズに引き継がれていきます。
この丁寧な橋渡しが、承継後の患者離れを防ぐ上で大きな効果を発揮します。
金融機関からの融資審査で有利に働く場合がある
クリニック開業の大きなハードルの一つが、資金調達です。
金融機関が融資を判断する際、最も重視するのが「この事業は、将来きちんと利益を生み出し、貸したお金を返してくれるのか?」という点です。
新規開業の事業計画書に書かれている数字は、あくまで未来の「予測」です。
しかし、事業承継の場合は、過去数年分の経営実績という、客観的で動かしがたい「事実」があります。
この実績データがあることで、金融機関は事業の将来性を非常に高く評価しやすく、結果として融資審査で有利に働いたり、より良い条件での借入が可能になったりする場合があるのです。
これは、前院長が築いてきた「信用」という財産を活用させてもらう、とも言えるでしょう。
事業承継の注意点は?
古い医療機器や内装の更新に多額の費用がかかることがある
事業承継は、良い面ばかりではありません。
引き継ぐのは、輝かしい資産だけではなく、古くなった負債や問題点も含まれるからです。
例えば、引き継いだレントゲンが旧式で、近々更新が必要になれば、約1千万円程度の追加投資が発生します。
リハビリ室が現在の施設基準を満たしていなければ、大規模な改修工事が必要になるかもしれません。
承継時の価格が安かったとしても、その後の追加投資で結局、新規開業より高くついてしまった、というケースも。
引き継ぐ資産の状態を、専門家を交えて冷静に見極める目が必要です。
既存スタッフとの人間関係の構築が難しい場合がある
長年そのクリニックで働いてきたスタッフにとって、前院長は絶対的な存在です。
新しい院長が、たとえ正しいことであっても、急にやり方を変えようとすると、「今までのやり方の方が良かった」と、強い反発にあう可能性があります。
スタッフは大切な資産であると同時に、変化を拒む大きな抵抗勢力にもなり得ます。
前院長の方針や、クリニックに根付いた文化を尊重しつつ、なぜ変える必要があるのかを丁寧に説明し、時間をかけて信頼関係を築いていく。
そうした繊細なマネジメント能力が、承継後の院長には求められます。
補足
事業承継を検討する際に、絶対に欠かせないのが「デューデリジェンス」と呼ばれるプロセスです。
これは、弁護士や会計士といった専門家が、そのクリニックの資産や財務状況、法務的な問題点などを徹底的に調査すること。
帳簿に載っていない隠れた借金はないか、スタッフとの間に労働問題はないかなどを洗い出します。
この調査を怠ると、後から予期せぬトラブルに見舞われる可能性があるため、必ず実施すべき大切な防衛策です。
隠れた負債や好ましくない評判がないか徹底的に調査する
最も注意すべきなのが、帳簿などの書類上には表れてこない「目に見えない負債」です。
その代表例が、地域の評判です。
「あのクリニックは待ち時間が長い」「受付の人の感じが悪い」といったネガティブな評判は、院長が変わったからといって、すぐに消えるものではありません。
むしろ、そうした悪い評判ごと引き継いでしまうリスクがあります。
また、帳簿には載っていないリース契約や、前院長の親族との不透明な金銭のやり取りなど、後から発覚するケースも。
契約を結ぶ前に、地域の薬局や連携先のクリニックにヒアリングするなど、外からの客観的な情報収集も非常に重要になります。
まとめ
今回は、整形外科の開業における集患の考え方から、事業承継という選択肢のメリットと注意点を見てきました。
成功の鍵は、まず「誰の、どんな悩みを解決したいのか」という自分のクリニックの核を定め、それを軸に地域との連携や情報発信といった戦略を組み立てること。
そして、技術力だけで満足せず、患者さんの心に寄り添うクリニック体験を追求し続ける姿勢が大切です。
事業承継は、時間と初期投資をショートカットできる強力な選択肢ですが、引き継ぐ資産を冷静に見極める目と、既存の文化を尊重する丁寧なマネジメントが求められます。
どちらの道を選ぶにせよ、開業は、先生が思い描く理想の医療を、地域のために実現する素晴らしい挑戦です。
今回の内容が、その挑戦へ向かう先生の背中を、少しでも後押しできたなら幸いです。