かつて「コンビニよりも多い」と言われ、増加の一途をたどっていた歯科医院ですが、その潮流は変わりつつあります。 歯科業界は今、かつての「量的な拡大期」を終え、質的な選別が進む「縮小期」へとフェーズを移行しました。
特に2024年に見られた倒産や廃業の急増は、一時的な現象ではなく、人口減少やコスト構造の変化に伴う継続的なトレンドであると予測されています。 そこで今回は、近年の開業・廃業の傾向と歯科業界の現状を整理し、これからの開業スタイルとして注目される「第三者承継(事業承継)」の可能性について解説します。
厚生労働省の「医療施設調査」などの統計を長期的に見ると、1990年から2010年にかけての約20年間は、歯科診療所の施設数が約1.6万件増加するという拡大局面が続きました。
しかし、その流れは2011年に転換点を迎えます。 この年、廃止数が開設数を上回る「逆転現象」が発生しました。 その後、2017年以降は廃業超過(開設数よりも廃業数が多い状態)が常態化しており、2023年には年間で約600件の純減(減少)となるなど、業界全体の縮小トレンドが加速しています。
この縮小傾向を象徴するのが、直近の倒産・廃業データです。 帝国データバンクの「歯科医院の倒産・休廃業解散動向調査」等によると、2024年の歯科医院の倒産件数は25件に達し、過去最多タイを記録しました。
さらに注目すべきなのが、法的な整理手続きである倒産には至らないものの、自主的に事業を畳む「休廃業・解散」の多さです。 その数は138件に上り、倒産件数の約5.5倍という規模で発生しています。 倒産と休廃業を合わせた市場からの「撤退数」は増加傾向にあり、経営の持続性が問われる時代となっています。
経営破綻や撤退が増えている背景には、複合的な要因があります。 まず、コロナ禍で実施された実質無利子・無担保の「ゼロゼロ融資」の返済が開始され、資金繰りを圧迫している医院が少なくありません。 加えて、円安や地政学的リスクに伴う材料費・光熱費の高騰が利益を削っています。
さらに、全産業的な賃上げ圧力と採用難の影響も深刻です。 歯科衛生士やスタッフの人件費が高騰しており、医院経営における損益分岐点を押し上げる要因となっています。
廃業が増える中、新たに開業する歯科医師の数は増加していません。 その背景には、開業を取り巻く環境の厳しさがあります。
最大のハードルは初期投資額の増大です。 近年の歯科医療では、CT(断層撮影装置)やCAD/CAM(コンピュータ支援設計・製造)といったデジタル機器、そして高度な感染対策設備が標準化しつつあります。 これに加え、昨今の建築資材高騰が追い打ちをかけ、かつては数千万円で可能だった開業資金が、現在では億単位に達するケースも珍しくありません。
こうした巨額の借金を背負って開業することへのリスクを敬遠する動きも顕著です。 「借金をして一国一城の主になる」という従来の成功モデルよりも、安定した生活設計を重視し、勤務医として働き続けることを希望する若手歯科医師が増加しています。
また、キャリアパスが「開業一択」だった時代から変化し、福利厚生や教育体制の整った大規模医療法人での勤務が、長期的なキャリアの選択肢として定着してきていることも要因の一つです。
収益構造の課題も見逃せません。 歯科医療は典型的な労働集約型のビジネスであり、経費の過半を人件費が占めるため、もともと利益確保が容易ではありません。 さらに、材料費や人件費といったコストは市場価格に連動して上昇する一方で、売上の柱である診療報酬は公定価格(国が決める価格)で固定されています。 一般企業のようにコスト増をすぐに価格転嫁することができないため、インフレ局面では収益構造が脆弱になりがちなのです。
新規開業のハードルが高まる中、新たな選択肢として注目されているのが「第三者承継(事業承継)」による開業です。 これは、後継者がいない既存の歯科医院を、第三者が引き継いで開業する手法です。
承継開業の最大のメリットは、初期コストの抑制です。 新規開業コストが高騰する中、既存の内装や医療機器、設備をそのまま活用できる「居抜き」に近い形で引き継ぐことができれば、ゼロからすべてを揃える場合に比べて大幅に投資額を抑えることが可能です。 借入金の負担を減らすことで、開業直後からの経営の安定性を高めることができます。
ハード面だけでなく、ソフト面を引き継げる点も大きな強みです。 ゼロからの新規開業では、患者数がゼロの状態から集患をスタートしなければなりません。 しかし承継開業であれば、既存の患者基盤(カルテ)を引き継ぐことができるため、初月から一定の医業収入が見込めます。 また、熟練したスタッフや独自のノウハウを引き継ぐことで、経営の「垂直立ち上げ」が可能となります。
この手法は、開業する側だけでなく、譲渡する側や地域社会にとっても意義があります。 地域で長年親しまれてきた医院が、後継者不在を理由に廃業の危機にある場合、意欲ある第三者が友好的に買収することで、その灯を消さずに済みます。 廃業(医療機関がゼロになること)を回避し、地域医療の空白地帯が発生するのを防ぐ手段としても、事業承継は重要な機能を果たしているのです。
歯科業界は今、入れ替わりによって市場が再編される段階にあります。 今後は、高度な設備と人材を備えた「高機能・大規模モデル」と、地域に根ざし効率的な経営を行う「地域密着・小規模モデル」への二極化が進む可能性があります。
厳しい環境下ではありますが、それは同時に、質の高い医療を持続的に提供できる医院が評価される時代への転換でもあります。 M&Aや医療連携といった新たな手法を柔軟に取り入れ、持続可能な提供体制を再構築していくことが求められています。
かつて「コンビニよりも多い」と言われ、増加の一途をたどっていた歯科医院ですが、その潮流は変わりつつあります。
歯科業界は今、かつての「量的な拡大期」を終え、質的な選別が進む「縮小期」へとフェーズを移行しました。
特に2024年に見られた倒産や廃業の急増は、一時的な現象ではなく、人口減少やコスト構造の変化に伴う継続的なトレンドであると予測されています。
そこで今回は、近年の開業・廃業の傾向と歯科業界の現状を整理し、これからの開業スタイルとして注目される「第三者承継(事業承継)」の可能性について解説します。
歯科業界の新規開業と廃業数の推移
拡大期から縮小期へ
厚生労働省の「医療施設調査」などの統計を長期的に見ると、1990年から2010年にかけての約20年間は、歯科診療所の施設数が約1.6万件増加するという拡大局面が続きました。
しかし、その流れは2011年に転換点を迎えます。
この年、廃止数が開設数を上回る「逆転現象」が発生しました。
その後、2017年以降は廃業超過(開設数よりも廃業数が多い状態)が常態化しており、2023年には年間で約600件の純減(減少)となるなど、業界全体の縮小トレンドが加速しています。
2024年は過去最多の倒産と廃業の実態
この縮小傾向を象徴するのが、直近の倒産・廃業データです。
帝国データバンクの「歯科医院の倒産・休廃業解散動向調査」等によると、2024年の歯科医院の倒産件数は25件に達し、過去最多タイを記録しました。
さらに注目すべきなのが、法的な整理手続きである倒産には至らないものの、自主的に事業を畳む「休廃業・解散」の多さです。
その数は138件に上り、倒産件数の約5.5倍という規模で発生しています。
倒産と休廃業を合わせた市場からの「撤退数」は増加傾向にあり、経営の持続性が問われる時代となっています。
コスト増と人手不足の影響
経営破綻や撤退が増えている背景には、複合的な要因があります。
まず、コロナ禍で実施された実質無利子・無担保の「ゼロゼロ融資」の返済が開始され、資金繰りを圧迫している医院が少なくありません。
加えて、円安や地政学的リスクに伴う材料費・光熱費の高騰が利益を削っています。
さらに、全産業的な賃上げ圧力と採用難の影響も深刻です。
歯科衛生士やスタッフの人件費が高騰しており、医院経営における損益分岐点を押し上げる要因となっています。
新規開業が減少している要因
廃業が増える中、新たに開業する歯科医師の数は増加していません。
その背景には、開業を取り巻く環境の厳しさがあります。
開業コストの高騰
最大のハードルは初期投資額の増大です。
近年の歯科医療では、CT(断層撮影装置)やCAD/CAM(コンピュータ支援設計・製造)といったデジタル機器、そして高度な感染対策設備が標準化しつつあります。
これに加え、昨今の建築資材高騰が追い打ちをかけ、かつては数千万円で可能だった開業資金が、現在では億単位に達するケースも珍しくありません。
開業リスクの回避
こうした巨額の借金を背負って開業することへのリスクを敬遠する動きも顕著です。
「借金をして一国一城の主になる」という従来の成功モデルよりも、安定した生活設計を重視し、勤務医として働き続けることを希望する若手歯科医師が増加しています。
また、キャリアパスが「開業一択」だった時代から変化し、福利厚生や教育体制の整った大規模医療法人での勤務が、長期的なキャリアの選択肢として定着してきていることも要因の一つです。
収益確保の難しさ
収益構造の課題も見逃せません。
歯科医療は典型的な労働集約型のビジネスであり、経費の過半を人件費が占めるため、もともと利益確保が容易ではありません。
さらに、材料費や人件費といったコストは市場価格に連動して上昇する一方で、売上の柱である診療報酬は公定価格(国が決める価格)で固定されています。
一般企業のようにコスト増をすぐに価格転嫁することができないため、インフレ局面では収益構造が脆弱になりがちなのです。
第三者承継による開業という選択肢
新規開業のハードルが高まる中、新たな選択肢として注目されているのが「第三者承継(事業承継)」による開業です。
これは、後継者がいない既存の歯科医院を、第三者が引き継いで開業する手法です。
低コストでの開業
承継開業の最大のメリットは、初期コストの抑制です。
新規開業コストが高騰する中、既存の内装や医療機器、設備をそのまま活用できる「居抜き」に近い形で引き継ぐことができれば、ゼロからすべてを揃える場合に比べて大幅に投資額を抑えることが可能です。
借入金の負担を減らすことで、開業直後からの経営の安定性を高めることができます。
患者とスタッフを引き継げる
ハード面だけでなく、ソフト面を引き継げる点も大きな強みです。
ゼロからの新規開業では、患者数がゼロの状態から集患をスタートしなければなりません。
しかし承継開業であれば、既存の患者基盤(カルテ)を引き継ぐことができるため、初月から一定の医業収入が見込めます。
また、熟練したスタッフや独自のノウハウを引き継ぐことで、経営の「垂直立ち上げ」が可能となります。
地域医療の継続
この手法は、開業する側だけでなく、譲渡する側や地域社会にとっても意義があります。
地域で長年親しまれてきた医院が、後継者不在を理由に廃業の危機にある場合、意欲ある第三者が友好的に買収することで、その灯を消さずに済みます。
廃業(医療機関がゼロになること)を回避し、地域医療の空白地帯が発生するのを防ぐ手段としても、事業承継は重要な機能を果たしているのです。
まとめ
歯科業界は今、入れ替わりによって市場が再編される段階にあります。
今後は、高度な設備と人材を備えた「高機能・大規模モデル」と、地域に根ざし効率的な経営を行う「地域密着・小規模モデル」への二極化が進む可能性があります。
厳しい環境下ではありますが、それは同時に、質の高い医療を持続的に提供できる医院が評価される時代への転換でもあります。
M&Aや医療連携といった新たな手法を柔軟に取り入れ、持続可能な提供体制を再構築していくことが求められています。